神仏習合から神仏融合へ
大分県宇佐市の宇佐神宮に於いて、「宇佐神宮御鎮座一三〇〇年祭」が去る十一月三十日に厳粛に執行され、神職と高野山真言宗・天台宗の僧侶が共に宇佐八幡大神の御神前に於いて玉串を捧げ、読経し世界平和を祈った。六世紀に仏教が朝鮮半島から伝来して以降、この国の在来の神々と渡来の諸仏は徐々に融和し、平安初期の弘法大師と伝教大師が開いた真言宗と天台宗によって、本地垂述を基盤とする神仏習合思想が完成されるに至った。
爾来、神仏一体の信仰はこの国の人々の心田を耕し、森羅万象に「八百万の神々一を観て「山川草木」にも仏性を認める信仰観を育んだ。それが目指すのは違いを認めながら共生するという、全てのいのちを慈しむ包摂的な世界であり、そこには排除の論理はない。今回の宇佐神宮での祈りは、そうした日本的信仰観の原点に回帰する意味で、極めて意義深いものであった。
今、各地で日本古来の神仏一体の祈りを復興しようとする取り組みが相次いで報告されている。田こ想や価値観の違いによる分断が国内外で深刻化する中、明治新政府の神仏分離の政策により、百五卜余年前に強引に分離させられた神と仏が再び出会い、共に祈りが捧げられるようになった。新たな神仏融合の思想として、排斥ではなく調和の重要性を説いているかのようである。
神仏習合から神仏融合へ、という日本の宗教現象には、世界の諸宗教と融和し、平和という共通の目標に到達するための智慧があふれている。弘法大師が恵果和尚から賜った「蒼生の福を増せ」、また伝教大師の「一隅を照らす」というお言葉にも、神仏を敬われた両大師の平和への想いと智慧が深く込められている。その智慧の発信に未来への希望を託し、令和七年を送る。