今年は平成二十三年(二〇一一)の東日本大震災から十五年、平成二十八年(二〇一六)の熊本地震から十年を迎える。今後も南海トラフ地震をはじめ各地でいつ大地震が発生するか予測できず、近年の気候変動の影響も受けて「災害列島」となった我が国では、寺院もいつ被災するかと不安が募る。
一方で、地方の過疎化や少子高齢化は著しく、我々仏教界にも様々な面で深刻な影響を及ぼす中、被災した地方では、寺院を支えた檀信徒が都市部へ移住してしまうことが増え、寺院の存続に深刻な影響を与えている。まさしくこの状況にあるのが、一昨年の能登半島に於ける地震と豪雨の二重被害に見舞われた高野山真言宗の寺院である。被害の大きかった寺院では本堂等の堂宇は公費解体されたが、本堂再建は難しく、本尊等は被害を免れた寺院等で祀られている状況であり、檀信徒の一部は金沢等の都市部へ移住している。
私は被災後の同地を取材したが、被災寺院の中には開創が奈良時代まで遡る名刹もあり、平安・鎌倉期の仏像も多く祀られていた。取材を通じて感じたのは、困難な状況の中、被災した住職や寺族が、先人が守り伝えてきた信仰の光を絶やしてはならないという強い思いを持っていることであった。檀信徒の減少という大きな危機の中での寺院の法灯の護持と存続。これは能登の地に限らず、過疎化や少子高齢化に直面する地方寺院が抱える問題である。
地方寺院にはその地域に根差した文化や伝統もある。それを未来に継承するためにも、法灯の護持には従来の檀家制度に加えて、新たな仕組みを構築する必要性があろう。現在、御室派では本堂被災時の共済制度の設置が検討されているが、仏教界の課題として宗団挙げて議論すべき時ではないか。