高野山金剛講は大正十五年、当時の泉智等金剛峯寺座主、久保観雅大師教会本部長の尽力により創立され、本年で百周年を迎えた。創立後、曽我部俊雄天野山金剛寺座主が金剛流御詠歌として大成されている。
高野山では、去る十月四日から十日まで記念大会が開催され「百歳関連表彰」では七名の講員が対象となった。百一歳で出席した女性講員は六十歳から詠歌を始め、現在も所属する地元支部での詠歌の集いに積極的に参加している。「詠歌を続けることにより、多くの方々と交流できた。お大師様の教えを学び、お大師様をより身近に感じ取ることができた。そこに生きる喜びを感じ、日々を過ごしている」と充実した表情で語っていただいた。その言葉から、金剛流御詠歌の「相互供養、相互礼拝」のみ教えや、同行二人の安心を自らの生活の中で体現されていることが伝わってきた。百歳を超えた今も大師信仰の灯を詠歌に託して、灯し続けておられるお姿に深く感激した。
大正十五年は、昭和に改元された年でもある。今年は昭和百年、金剛講の歩みとも重なる。その間、日中戦争、太平洋戦争、戦後復興から高度経済成長、バブル崩壊、元号も平成から令和へと移った。激動の時代を経て、世界の価値観はめまぐるしく変化し、世界は現在も混迷の中にある。激動の百年にあっても、詠歌による大師信仰の法灯は消えることなく百周年を迎えた。
高野山奥之院の御廟を源泉とする弘法大師信仰の法灯は、連綿として消えることなく灯し続けられている。九年後には弘法大師御入定千二百年御遠忌大法会を迎える。真言末徒一人ひとりの心に輝く信仰の光を集めて万灯にし、日々の信仰実践の中で勝縁の年を迎えたい。