核抑止論を越える非武装の平和実現を

投稿日:2025年08月05日

戦後八十年目の夏を迎えた。広島、長崎への原爆投下、大都市を中心とした無差別な空襲。日本中が焦土と化した。それから八十年が経過した。その間も世界各地で戦火は止むこともなく、無事の人々が傷つき倒れている。
一方で、この八十年間で、戦争を行わずに、日本は平和を維持してきた。悲惨な敗戦を経験したからこそ、戦争を絶対に繰り返してはいけないという強い決意があった。その決意を支えたのは、悲惨な戦争を経験した世代の人々であり、その中にはもちろん宗教者も含まれる。しかし、その「平和」は核を保有する軍事大国同士の「核抑止力」の中で、恐怖のバランスの上で成り立っている危うい平穏であることを否定できない。
明日六日は広島での、そして九日は長崎での原爆忌を迎えるが、日米両政府が有事における米軍の核使用を想定したシミュレーション(机上演習)を実施したことが判明したと報道された。当然、これに対して被爆地である広島や長崎から強い抗議の声が上がった。
この八十年は、核兵器という人類全体を殺戮できる威力を持った兵器を手にした上での、核戦争の恐怖と危機の中での歳月であった。核抑止論の中でまた核の傘下の中では、真の平和が訪れることはあり得ないということを強く認識しなければならない。
今、宗教者が目指さなければならない具体的な平和とは、核抑止論を越える非武装の平和実現であり、そのために宗派や国家を越えての宗教者のネットワークと連帯が必要であり、また、今回の特集も、その実現のために戦争経験者の声や戦時資料も必要であることから企画したものである。