日本各地の観光地に大勢の観光客が押し寄せるオーバーツーリズムが顕在化している。特に人口の少ない古都の風情を残す小さな町に観光資源が存するが、町の許容能力を超えた数の訪問者によって居住者の生活に著しく不便が生じているのである。そうした問題が最も色濃く現れているのが人口三千人弱の町に年間百五十万人が訪れるという国際宗教都市・高野山である。
「高野山は帝城を去って二百里、郷里を離れて無人声…」と『平家物語』 「高野の巻」に語られる高野山は、真言密教を極める静寂の地として歴史にそのイメージを刻んできた。その高野山が中世の弘法大師信仰の宣揚とともに参詣地となり、近現代の鉄道敷設などによって大勢が参れる参詣観光地となった。二十年前の世界遺産登録は、宗祖弘法大師の思想の普遍性とも相まって、日本的な静寂と美、そして高野という霊場でしか経験できない畏怖を伴う精神性を求めて海外からの大勢の観光客を集めるに至っている。
高野町は人口減少に伴う財政不足の中、持続可能な信仰の地、また外国人を含めた多くの観光客が訪れる観光地としてインフラを整備するために「入山税」を検討している。また金剛峯寺では十月から二か月間、観光庁の補助事業「オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光推進事業」に於いて「山内駐車場有料化」の社会実験も実施する。
十年後には弘法大師御入定千二百年御遠忌を迎える高野山に於いて、オーバーツーリズムの諸弊害を解消して大勢が高野霊場の尊厳を体感できる信仰環境の護持は絶対命題と言える。森厳な霊地の姿をいかに護持し、世界に開いていくか。その取り組みに期待したい。