東大寺真言院、東寺、そして御修法へ

投稿日:2023年02月05日

国家仏教の中心地であった奈良・東大寺にいち早く真言密教を導入するために開壇した真言院潅頂道場、世の平和を切望する嵯峨天皇の願いを受けて下賜された京都・東寺。宗祖の四十九歳から五十歳という最も充実した時期に平城京と平安京に構えた真言弘通の二大拠点は、鎮護国家の祈りの構想を考える上で極めて重要である。奈良と京都での二つの記念法会を通じ感じた。
昨年十一月、高野宗青年教師会は華厳宗大本山東大寺で「弘法大師潅頂開壇千二百年記念法会」を営み、宗祖の志を継いで、大仏御宝前で、国家安泰、人心安寧、世界平和を祈念した。本年一月には全真言宗青年連盟が東寺御影堂で「東寺下賜千二百年記念法会」を厳修し、宗祖が、次代を担う真言僧育成の根本道場と定めた地で、祖風の宣揚と衆生済度に邁進することを誓った。
旧都と新都で国の安泰や人々の平穏を至心に祈るという宗祖の壮大な祈りの構想が、本宗の青年教師に受け継がれていくのを間近に見る思いがした。
東大寺真言院と東寺で具体化された宗祖の祈りは鎮護国家、玉体安穏を祈る宮中真言院での最高厳儀後七日御修法へ集大成される。今年は五十三年ぶりに、東寺長者が大阿閔梨を勤めたことで、東寺という祈りの場の歴史的役割について深く考える機会ともなった。即ち各派に分かれた真言宗総大本山の高僧が一堂に会し、心を合わせて祈る根本道場としての歴史的役割である。
幾多の歴史的な苦難の中で変遷しながらも、東大寺真言院から東寺、後七日御修法へと受け継がれた祈りは少しも変わらずに、平安京唯一の遺構である東寺伽藍に息づいている。立教開宗千二百年の正当年を迎えた今、官寺であった東寺が下賜されて、真言密教の教王護国寺となった意義を考えたい。