宗団として戦争と平和を考える

投稿日:2021年08月05日

敗戦から七十六年目の八月を迎えた。あの悲惨な戦争の記憶を受継ぎ、非戦と平和の護持を誓う営みは、全ての仏教者、宗教者が共有する祈りである。
本号には高野山真言宗が六月一日付で発表した初の宗派声明「核兵器禁止条約の成立と発効を歓迎する」の全文を掲載した。宗内外に訴えた声明は、国際社会の核兵器廃絶への取り組みに賛同の意を表明し、唯一の被爆国である日本が「核兵器禁止条約」に参加することを強く求める内容である。
「仏教者は政治的発言を慎むべきだ。ましてや様々な思想信条を持つ住職、教師で組織される宗団は政治的な発言を慎むべきだ」との声を聞くことが多い。しかし核兵器を巡る問題は「政治的」問題ではない。声明文の如く、また仏陀の不殺生の教えの如く、仏教者が最も重視しなければならない「いのち」の問題であり、それは個々の僧侶が取り組むべき課題であると同時に宗団の根幹施策にも位置づけられねぱならないものである。戦争を防ぐには、平和を願う個々の力を合わせた集団(宗団)の力が必要だからである。
地域に根ざしてきた各寺院には、それぞれの地域が経験した戦争の痕跡がある。檀家に戦死者が一人もいないという寺院は、極めて少ないのではないか。各寺院には後世に戦争の悲惨さを伝える責務があり、戦争の記憶を保存し続ける役割がある。戦争の悲惨さを知らなければ、平和の尊さを理解することはできない。そうした責務と役割は、宗団が果たす義務でもある。
今回の高野宗の声明が、様々な思いを持って国内外の平和問題に積極的に取り組んできた個々の宗内教師の心を一つにし、高野宗だけでなく本宗各派を、新たな平和活動へと鼓舞していく原動力になることを期待したい。