美しい国造りへの提言

投稿日:2016年08月20日

 安倍首相は就任に際してその施政方針に美しい日本の建設と教育の改革を掲げた。確かに国土・人心ともに荒廃の極にあるとともに、学生・生徒の学力低下著しい日本の現状に想いを致すとき、美しい国の建設と教育改革は当に為政者が第一に取組むべき喫緊の政治方針でなければならないと思われる。だが、新首相は何を以て美しい日本国とし、如何なる教育を志向しているのであるか。仮にも国家権力に従順なる民心を以て美しい日本となし、そのような民心の養成を以て教育改革としているのであれば時代錯誤も甚だしいのみならず、厳しい国際情勢の中で亡国の政治となるは必定である。
仏教は、菩薩の心清らかなるときその国土は清まると教えている。広沢流は行者菩薩の三昧に住するとき「歩歩の足下に蓮華開敷す」と説き、小野流は菩薩の浄眼の前には「諸魔悉く消滅して諸仏顕現す」と教えている。そして密教修法に於ける散念誦は一字金輪念誦の功徳の偉大さを示している。金輪とは「輪を転ずる聖王」をさし、転輪とは善政を意味するのである。すなわち、仏・菩薩の功徳の一切が善政に帰すると仏教は説くのである。
そして更に、和国の教主聖徳聖王は教育の根本理念に「篤敬三宝」を掲げ「人尤だ悪しき者鮮し、能く教えらるれば従いぬ。其れ三宝に帰りまつらずば、何を以てか枉れるを直うせん」と示されている。すなわち仏教の理念(智慧・精神)に依らなければ美しい国造りも教育の改革も不可能であることが教えられているのである。今新たなる為政者に必要なのは、先ずおのが心を美しくすると同時に、深く仏教に学ぶ謙虚さでなければならない。