日本人の幼児化を憂う

投稿日:2016年08月20日

 先頃の新聞は、高校の国語教科書から日本文学史上に於ける文豪や外国の著名人たちの文章が消えて、目下活躍中の若い女性作家たちの文章が採用され、そして音楽教科書には曽ての小学校で歌われた文部省唱歌「うみ」「シャボン玉」「夕焼け小焼け」が登場すると報じていた。いま、日本の教育界は何を考えているのか、唖然たらざるを得ない。理由は、これら文豪たちの文章が現代の高校生たちには難解であり、そこに描かれている時代背景も理解困難ということにあり、音楽もまた、文部省唱歌の歌詞が小中学生徒には難解で、高校生になって漸く理解出来るというのであろう。
 確かに、文豪たちの文章に比べて現在の若い作家の文章は判り易い。然し未熟であることは否定し難い。そしてまた、文部省唱歌の歌詞が当時の小学生たちに難解であったことも確かである。だが昔の小学生たちは歌詞の意味は判らない乍らも、その優美なメロディーに魂を誘われながら、豊かな人間形成と知的成長に役立ててきたのである。現在の学校教育を見て痛切に感じるのは、教育とは本来知的・精神的に引上げ向上させるものであるという基本理念が失われて、唯ひたすら生徒に阿り、生徒が理解している次元へ下げることのみを教育であると誤解しているということである。そして、そこから向上への努力は不要となり、学校崩壊が始まったのではないか。
 昔、読書は知的挑戦であった。不明の字句は辞書に頼り、難解な内容の理解には年月をかけて幾たびも挑戦した。だからこそ理解し得たときの喜びも大きかったのである。今、その喜びが学校教育から失われている。(平成19年4月15日号)