医療に人間の温かさを

投稿日:2016年08月20日

 局部麻酔で切開手術中に痛みを訴えた九十歳代の女性患者を「黙っておれ」と言って殴った三十歳代の医者がいる。呆れ果てて言葉もないのみか、その非情性と幼稚性に慄然たらざるを得ない。弱者攻撃も極まった感を禁じ得ない。社会の底辺にあって最も弱者と言われるホームレスに対して、時に少年達によるいわれなき攻撃が新聞沙汰になることがあるが、弱者攻撃の背後にあるのは知的・精神的幼稚性である。『立世阿毘曇論』巻六には、人間と名づける理由を次のように説いている。すなわち「一に聡明の故に、二に勝の故に、三に意微細なるが故に、四に正覚の故に、五に智慧増上の故に(以下略)」と。すなわち仏教が定義する人間とは、肉体的成長に従って智慧もまた成長しなければならないというのである。そして智慧の成長とは取りも直さず慈悲――すなわち思い遣りの心の豊かさを意味するものである。
そして医療とは同悲の心に根ざすものでなければならないのである。「衆生病む故に菩薩病む(維摩経)」というが、医療の根本精神を為すものは、患者の苦痛をおのが痛みとする菩薩の心でなければならない。患者は医師や病院に対しては絶対的弱者である。ましてや麻酔による手術中となれば尚更である。そのような弱者に対して暴力を振るうが如き医師は知的・精神的未熟者というべきであり、かかる幼稚者にメスを持たせることは危険極まりないことではないか。医は高度の知識を必要とするものである。ではその知識に相応しい豊かな人間性をも必要とするのである。技術とともに豊かな人間性涵養のための教育が医学生には必要ではあるまいか。